悼む

幼少期に通った駄菓子屋がいつの間にか畳んでいたと兄から連絡があった。
本当に、写真を撮っておけばよかった。

おばちゃん、町の太極拳でも仲良くしてくれてありがとう。
これはいつかの話だけど、店の奥にあったヤクルト6本パック、誰かが1本だけパクってたよ。あの時は言うべきか悩んで言わなかったんだけど。
あと、太極拳仲間のよしみで3円まけてくれてありがとう。

地区体育祭の時は水風船を求めて、地区の子供みんながやすけにお世話になりました。
マジメもヤンチャもみんな“やすけ”がすきだった。
小学生のとき、甘口帆タラのおいしさを幼馴染が教えてくれた。
あー、もうやすけで帆タラ食べられないのか。またチャチなPPバッグに入れて売ってほしかった。
あー。さみしい。

結局なんで「やすけ」って呼ばれてるのか分からないままだった。安いから?知らね。
いつの間にかみんなそう呼んでいた。本当は菱川酒店って名前。
そういえば、屋号だって父親にぼんやり聞いたことがあったっけ。

まだ繁盛していた頃のやすけが記憶にある内に絵にしないといけない。さみしい。
オレンジのおさがり自転車。じりじりと焼けるコンクリートアスファルトのにおい。野良猫と50円切手。年中あるレジ横の最中と羊羮。小さなブラウン管から聞こえるタモさんの声。
あの頃の朝ドラは「ジョンコ」「牡丹と薔薇」「いもたこなんきん」だった。
愛おしい過去たち。永遠のものだと思っていた過去たち。

いつもおでこで祈ってから投函していたポストも、5台もあった自動販売機群も無くなったらしい。
顔認証方式の(当時)最新のタバコ自販機は、野口英世をかざせば普通に買えるんだぞ とヤンチャの間で話題になっていたのを覚えている。

四国で停滞している間に、幼少の思い出がどんどん本当の意味で思い出になっていく。
ノスタルジーを感じるのは年齢的にもまだ早いはずだ。
とりあえず全部置いといて、今は1回帰りたい。